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家族 みんな家族

2010.06.18 08:34|雑記
うちの家族は基本が5人家族で、
パパママ娘息子息子
それから、同じ建物にパパ父パパ母パパ妹パパ妹旦那パパ妹娘×2
それからシヴァさん
同じ敷地にパパの会社 と、
一緒の場所で働けるようにとパパ父パパ母が作ってくれた
まだちゃんと営業した試しのない私の店があります。
パパ妹の娘2ちゃんが息子1と同じ年なので、
送り迎えはパパ妹がしてくれたり
パパがしてくれたりします。
私が働いて帰って来ると、パパがご飯を作って子供たちに食べさせて、
娘がお風呂を用意していてくれます。
娘は
「ピアノと家事ができなくなったらバスケは中止」
と言われて、1年過ぎても頑張って全部両立させています。
だから、できるだけPTAやバスケの父母会で支えてあげるようにしています。
この娘が、私にとっては何より愛しい家族です。
旦那さんが実のパパで、私が新しいママです。
よくあるお話しです。
そして、私は彼女に会う前から彼女の事を解っていました。
占ったからではなくて、こう話せばこう返ってくるとかが
どうしてか解らないけど解っていました。
旦那さんが、愛情たっぷりで娘はこんな子で、
こんな事ができて、とよく話してくれたからかもしれません。
ある日に、娘の実のママは
きっとそう簡単に親子の縁は切れるものではないと信じていたのだと思います。
「連れて行って」
パパはその日をずっとずっと願っていましたから、
その言葉を聞いて、ものすごい速さで、
チェロキーという四駆の車で中央分離帯を乗り越えて走り
ものすごい早さで娘を連れて帰って来たのです
涙を溜めて、ぽぽちゃん人形を抱いた娘は
すぐに涙は引いて私と笑顔で話し、
私の布団に潜り込んで、シヴァさんが枕元で包むように寝そべって初めての夜を過ごしました。
始めは私をママとは言えなくてニイナちゃんと名前で呼んでいました。
実のママと比べたり
「そんなこというならママの家に帰る!」とすねてみたり
でも寂しい思いはさせてなるものかと毎日のようにイベントを起こし
楽しく過ごし
一緒に居るのが当たり前になった頃に実ママ登場
当然泣きました
当然守りました
警察沙汰になりました
なのに、私はその日から「ニイナちゃん」から「母ちゃん」に昇格したのです
「ママと母ちゃんて同じに見えてびっくりした!」
娘の強がりか気遣いか
そんな中で息子1が誕生
実子に心を奪われてはいけないと
占い師が妊娠したとお客様に笑われながら
分娩2日目から仕事開始
息子2も同じくすぐ復帰し
働く背中ばかりを見せつつも
娘は文句も言わず
ついに親権裁判で、娘が自分から
「パパと母ちゃんといる」
と宣言し
私はママに昇格
よく、
「占い師ならもっと普通の結婚できないか占わなかったの?」
と言われました。
でも無我夢中だったんです。
この娘を幸せにしてあげたくて
毎日働いて
旦那さんがママ代わりしてくれて
パパ父パパ母パパ妹が助けてくれて
帰ったらもうみんな寝ていたりもするけれど
明日も頑張るからね、とママ
そしてママ今の病気が発覚
仕事は休めない
休んだら復帰できないかも知れない
働かない私はいる価値ない
治療やめるかな…
そう思っていた頃の娘の参観日に、
娘たちが将来何になりたいかと発表をしたらしく
私は仕事で行けず
「お母さんみたいな人になりたい」
そう発表してたんだよ、と同級生のママからメール
私が行けないのは解っているのにそう言ってくれて
この子の「将来」という年齢までは
結婚相手を私が認めるまでは生きていたい
母ちゃん生きなきゃ誰がこの子を守るんだと
そう思って、手術を決めました。
働き過ぎで疲れていたのは事実で、
入院するなりずっとあった頭痛は無くなって
治療しなくても…とまた迷い
そうしたら、病院の渡り廊下を歩いていた時に、
ここの病院は作家の三浦綾子さんという、
もう亡くなってしまったけど私と同じキリスト教団にいらしていた方が入院されていたようで
その方の写真と、作品の中の一文と絵が飾ってあり
その絵の作者の方はやはりクリスチャンの方で、
私の中学時代の担任の先生でした。
中学の頃、私はその先生に
「理学療法士になりたいんです。
母のように病気と向き合っている人を支えてあげたい。
人の為になる人になりたい。」
そう話し、弁論の予選でそれを話しなさいと言われたけれど
話せない性格は昔からで、
学級代表止まりで終わった記憶があり
病院の、その絵をみて
「叶えてないじゃないか。患者になってそこに居てどうするんだ。」
と言われたような気がしたのです。
確かに、働けない、人の為になっていないというのが一番不安なんです。
何もしないで愛される自信も要領もない。
働いてる私でないと、生きてる価値も家に帰る価値も無いと思ってしまうのです。
占い師の仕事だって、皆様がありがとうという程の仕事ではないんです。
理学療法士さんやお医者さんとは違って人は救えないのです。
患部や健康な部分が見えるのは同じ。
でも占い師は治してはあげられないのです。
そして、それですらも働けなかった時には、私はどうするんだろうと
その絵の前で涙が止まらなくなりました。
居ても仕方がない人間なのかもしれない。
居なくても、家も仕事も代わりはたくさんあるんだろう。
そう思いました。
でも、そこまで自分に失望した時に
それでも私は家族に会いたいと思いました。
また、友達や、お客様、仲良しのお客様、これから仲良くなるかもしれないお客様
「居ないと困る」まで思われなくても、
私はあなたが居ないと困るということを頑張って伝えようと
まずは、娘に、
こんなママだけどずっと一緒に居たいということを
皆さんにも、冷たい占い師かも知れないけど
姿が見えないとやっぱり寂しくなるということを
私の頑張る目標はそれで充分だと解ったのです。
一人じゃなくてよかった。
そんな事をゆっくり考える時間ができて良かったです。
今日は8時間ずっと手術が終わるまで渋々居なきゃいけない旦那さん横目に麻酔で寝てます。
起きたらちゃんとこの目標を守れるかな。
また、意地張って無茶復帰しちゃうかな。
でもどっちにしても頑張って行ってきます!
「8時間かかる」と宣言して、その時間までかかる覚悟で手術してくれる先生たち皆様にも感謝。
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こんにちは!ニイナ・ゲイトです。

札幌市中央区にある4丁目プラザにて19年、7万件近くの女性皆さんを応援してきました。
北海道テレビ放送HTBの朝番組「イチモニ!」の占いを毎日書いています。

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