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天職なのかは未だに微妙なお話しですが 1

2010.03.15 16:42|雑記
小学校の1年生から6年生までよいこのあゆみ(通信簿)には

「感受性が鋭い」


と書かれていた子供でした。



だいたいは、「考え過ぎて消極的」だと。





確かに、おとなしくて、とにかくニコニコしているだけの印象しか無い子供だったし、

争うような兄弟もいなかったし、

祖母も母も叔母もそれぞれ独立して働いていて

それぞれの家族の元に働きに来る人やお客様として来る人も居て、


それらの大人たちにも可愛がられて育ったので



自分からは人に害を与える必要のない子供だったのです。





ただ、子供らしい子供だった訳ではなく



どういう言い回しの時は嘘をついているとか、

こういう表情の時はつまらないのだとか、


わからなくて良いことまで解って居る子供だったので



当然、自分の同じ世代の(幼稚園)正直な子供の思惑は簡単に読めてしまうし



でも、争うことが一切できない子供だったので



ただ気を遣ってしまって疲れてしまって

友達とあまり遊ぶのが好きではありませんでした。



それよりも、大人の話しを横で黙って聞いていたり観察しているのが好きで、



本当に一言も話さないで聞いている子供だったので

大人たちも意味は解っていないのだろうと


ただネコか何かのように私を膝にのせて、頭を撫でながら恋の話やお金の話しをしていました。





子供向けの雑誌についている親用のページまで読む子でしたから、



「お子さんにピンクレディーからのメッセージをお届けします」



という内容も全て読み尽くしていて



本当にピンクレディーからのハガキが来たときも、
その向こう側の母の姿が見えてあまり喜んでいなかった記憶があります。



そんな私に母は次から次から色々な事を教え、

英会話、お茶、お花、バレエ、ジャズダンス、空手、剣道、卓球とあれこれ通わせて

本も毎日膨大なジャンルを買い与えてくれて、
その中に占いの本も天体の本もありました。



初めてのホロスコープ作成は小学校2年生の頃でした。




また、叔母は占いを本当に上手に使う人で、

占いでゴーが出た事を頑張れば本当に結果が出た人なので、


占いは当たるものだという確信は小さい頃からありました。



星占いから姓名判断、数秘、手相、人相、まじない、魔術、指紋の占いまで



記憶力が気持ち悪がられる程ありましたから、それぞれの本を丸暗記して、


大人たちを占って、それに大人たちも面白がってあれこれと
それは違うよ、お姉さんもっとすぐ泣いちゃうよとか
当たってる当たってないを教えてくれたり、


星占いで友達と相性を見ても仲良しなのに悪かったり、
出る性格と実際の性格が合わなかったりを

じゃあ別の本ならどうだろうとか、少しずらして考えたらどうだろうとか



占いと関係ない本から覚えた心理学だったり、文中の会話のやりとりだったりも視野に入れて


段々自分の答えを絞っているうちに



占いも関係なく、人を観察するのが当たり前になっていきました。



だから、学校の先生ですら解らなかった事を気づいてしまって、

この後の起こり得る事が読めて急に学校に行きたくなくなってしまって


結果、欠席率の高い子で、なぜというのを話しをするたびに、


先生からは冒頭の評価が出てしまうのです。



母はそれでも
「大人になったらやっていかなきゃいけないんだ」と怒り、


祖母は
「自分が困らないなら好きにしろ」と言い、


叔母は
「そんな子たちと一緒にいて悪い影響出たら大変だ」と言い、



しかし。



「占いで悪いと出たから」



と言うと、全員占いは信じているのに激怒して(当然だが)



「そんな占いならやるな」と言い


「あんたセンスないわ」と言い




ようは、



「実際を見ないで占いだけで判断するのは甘い」



し(当然です)、



「大人の100分の1も苦労のない子供が占うな」



という話しで(当然)、



でも怒られたくないので、占いは家族の前では封印し、



さらに、似たような時期に

タロットを自分で作るのが大好きだったので、

学校の休み時間に「世界」のカードを作っていたら


あまり話した事のないミヤモト君が



「んな~にが、世界だよ!気味悪い絵ばかり描きやがって!」



と急に怒鳴りだし、


異種な事は子供には通じないのだと

小学校5年生に悟り、



教会学校に通うようになってからは、占いは人前では封印するようになりました。



それでも、人の行動は読めてしまって、
でもそれに合わせるのも疲れるし
怒るのも疲れてしまうので



人と距離をおきながら楽しい事だけ考えようと、
母の勧めるままにあらゆる習い事をして、

広く浅く友達を作って、大人には素直でよい子と言われるように育ち、





そして母の発病があり、それでも母は働いたので中学から母の手伝いをして、


間もなく母が亡くなって、青森の牧師先生にお世話になってからあちこち転々として、


ぼーっと生きるより苦労をしていた方が落ち着く性分に気づいて

人よりずっとずっと働いて、仕事もそれぞれ成功して、




そんな中で師匠に逢いました。
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Author:ニイナ・ゲイト
こんにちは!ニイナ・ゲイトです。

札幌市中央区にある4丁目プラザにて19年、7万件近くの女性皆さんを応援してきました。
北海道テレビ放送HTBの朝番組「イチモニ!」の占いを毎日書いています。

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